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2010年3月30日火曜日

キックオフ・ミーティング

当初メンバーにてキックオフ・ミーティングを田町のキャンパス・イノベーション・センターにて開きました。

当日は知財関連のバックグラウンドを持つメンバーが中心でしたので、おのずと、特許と先端的な医療サービスをめぐる議論となりました。まず、特許の対象となるか否かについて、モノとサービスに分けると以下のような傾向があります。

(1)医薬、医療機器などのモノ → 特許対象
(2)医薬、医療機器などのモノの製造方法 → 特許対象
(3)人間を手術、治療、診断する方法(サービス)→ 特許対象外

特許法とその運用は、Product-dominantであり、なかなか手術、治療、診断する方法としてのServiceにまでは踏み込まない状況が続いてきました。

このような傾向を、現場よりにまとめてみると、医療機関が外部のベンダーと組んでイノベーションを創発するさいには、主として3つの関係性のパターンがあります。

(1)治療方法の開発 → 医療機関の医師中心 → 医療コミュニティに公開される傾向
(2)医療機器の開発 → 医療機器メーカーとのアライアンス関係 → 特許保護される傾向
(3)創薬に関わる治験 → 製薬メーカー、研究所との受託関係 → 特許保護される傾向

ここでは、(1)の治療方法の開発に絞ります。「医師の行為に係る技術については、『医療』の特質にかんがみ慎重な配慮が必要であり、検討の対象から除外する」(平成16年11月22日報告書4))として、従来の運用である「産業上利用することができる発明」に該当しないと解釈することにより特許対象外とされました。

既存の診断方法、治療方法、看護介入方法などを確定診断名ごとにマトリックス形式で言語化したクリニカルパスは標準的治療方法は、(1)に属し、従来は特許化されず、医療コミュニティで共有されてきました。たとえば、褥瘡治療におけ治癒経過評価手法であるDESIGNは、日本褥瘡学会がリードして作成し、著作権を明示した形で無償で公開されています。

しかしながら、(1)においても従来の手法を一気に陳腐化させてしまうような破壊的な、ディスラプティブ・イノベーションの萌芽になる可能性が期待されるものが出現しつつあります。

たとえば、山中教授がリードしている人工多能性幹細胞(iPS細胞)の出現により、受精卵を利用する胚性幹細胞(ES細胞)で懸念される倫理的問題や拒絶反応等の心配のない画期的な再生医療実現への道が示されました。このような治療方法がからむ再生医療に対して、治療方法が、「産業上利用することができる発明」に該当しないということで特許対象外とするのは好ましくないという議論が浮上してきました。この経緯については、「先端医療分野における特許保護の在り方」に述べられています。

かいつまんで言うと、特許保護がないと、ディスラプティブ・イノベーションの萌芽になると期待される(a)有用な先端的治療方法の開発インセンティブがそがれ、(b)リスクマネーが投資されず、(c)したがって当該プロジェクトの競争力が涵養されず、(d)患者にもより良い治療方法がディフーズしない、という問題が生じます。

そこで2009年6月に、知的財産による競争力強化専門委員より、「先端医療分野における特許保護の在り方について」が提出されています。

この文書では幅広い提言がなされていますが、上記(1)に関連することがらは:

(1)審査基準において特許対象を明確化すべき分野
①組み合わせ物(システム)の発明 
例)物理刺激を用いたDrug Delivery System、つまり、温度応答性機能付加ナノ粒子抗ガン剤と局所加温装置の組み合わせ
  物理手段を用いた再生医療システム、つまり、鉄粉を付着させた細胞と強磁場発生装置の組み合わせ

②生体外で行われる細胞等への処理方法に特徴のある発明
例)iPS細胞の分化誘導方法
  混在している未分化のiPS細胞とその他の分化細胞から神経幹細胞だけを分離・純化する方法

③生体由来材料の用途発明
例)口腔粘膜上皮細胞の培養シートから角膜再生治療向けの用途を開発する
  口腔粘膜上皮細胞の培養シートから食道がん摘出後の閉塞予防治療の用途を開発する

(2)特許対象範囲を見直すべき分野
①専門家の予想を超える効果を示す新用法・用量医薬
②断層画像撮像の仕組み等の測定技術

          ***

以上のように、先端的な医療サービスと知財の関係は激変しています。絶対的な基準がない以上、「専門家の予想を超える効果」を実現する医療機関、研究機関の力量、「専門家の予想を超える効果」を明細書に記述する弁理士の力量、「専門家の予想を超える効果」か否かを審査する当局のせめぎ合いが予想されます。

これらのせめぎ合いが活発になればなるほど、医療サービスにおけるディスラプティブ・イノベーションが進展するのではないでしょか。もっともここでひとつの疑問が浮上します。

せめぎあいは結構なことですが、共通の土俵がなければ、実のあるせめぎあいはできないということです。建設的なせめぎ合い(明確なエビデンスと方法論に依拠する合意形成プロセス)には、サイエンスとしての共通の語彙や方法論が要請されることとなります。ここにおいて知財戦略を含める医療レギュラトリーサイエンスの重要性は増すばかりでしょう。

大学病院などでは産学連携部門、臨床研究センター、知的財産推進センターなどのハコモノが次々と設立されています。これらはあくまでモノですが、モノを機能せしめる方法論としての医療レギュラトリーサイエンス、あるいはそれらしい知的体系が医療をめぐる産学官コミュニティで共有されるべきでしょう。

2 件のコメント:

  1. 国家間の制度の差は、国レベルの企業競争力格差になって表れるので、特許制度は結局産業政策と一体で、どういう産業をどのようにしたいのか、ということと共に決める話なんですよね。

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  2. さっそく鋭いコメント第1号をいただきました。「特許制度は結局産業政策と一体で、どういう産業をどのようにしたいのか、ということと共に決める」ことになります。

    ざっくり言えば、米国の医療産業は、薬品、医療機器、病院、医療保険の4大セクターのプレヤーは市場に委ねられています。つまりビークルとして圧倒的に株式会社で経営されています。株主利益中心で私有財が中心、つまり市場空間に医療産業があります。

    ひるがえって日本はどう?薬品、医療機器はアメリカと同様に株式会社が中心です。ところが、医療機関は非営利。そして医療保険は実質公営。そして医療サービスの価格は診療報酬制度で公定価格として設定されます。つまり、市場原理が働くのは、ものつくりフェーズまでで、加工物にヒューマン・サービス(役務、ヒューマンな技術)が加えられ、医療サービスとして患者にとどくフェーズでは、準・公共財的に変化します。

    このような差が現れたのが、人間を手術、治療、診断する方法(サービス)に特許を認めるか否かという価値判断でしょう。米国ではいち早く先端的医療サービス部分に特許が認められましたが、日本では昨年、厳しい限定つきで先端的医療の一部の分野に対して認められました。

    医療政策と特許政策は繋がっていると見立てています。医療政策分析と医療特許政策を橋渡しするトランスレーショナル・リサーチがあってもよいですよね。笑)

    あっ、失礼。笑い話ではなく、これはちゃんとした学問的なテーマになると思います。

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