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2010年5月15日土曜日

サービス・サイエンス入門と基本用語の定義

今日はサービス・サイエンスについてちょっとまとめてみます。サービス・サイエンス(service science)とは主にコンピュータ産業において提示されてきた概念です。パルミサーノレポートにおいては多分野研究のフロンティアの再活性化として「コンピュータ科学、オペレーションリサーチ、産業工学、数学、マネジメント科学、デザイン科学、社会科学、法科学といった分野が混合しビジネス・技術専門性の交わりにおける活動全体を変容させイノベーションをもたらすものである」と概念づけされています。

ちなみに、パルミサーノレポート(Innovate America: Thriving in a World of Challenge and Change - National Innovation Initiative Interim Report - National Innovation Initiative Report)とは、2004年12月に競争力評議会(Council on Competitiveness)により発表された報告書のことです。正式名称は「イノベート アメリカ: チャレンジとチェンジの世界における繁栄-全米イノベーションイニシアチブ報告書(Innovate America: Thriving in a World of Challenge and Change - National Innovation Initiative Interim Report - National Innovation Initiative Report)」です。全米イノベーションイニシアチブ共同議長であるSamuel J. Palmisano IBM社会長・CEOの名を取りパルミサーノ・レポートと呼ばれています。

このような背景のなかで、IBM社がこの動きに関与しています。去年、IBM社でサービス・サイエンスを主導しているJim Sporer氏から親しくお話を伺い議論する機会がありました。そのなかで、サービスに関するいくつかの洞察に満ちた概念(モノゴトに対する見方)を共有させていただきました。

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■IHIP特性
サービスの持つ、通常の有形製品と異なる特性として、形がない(無形性:intangibility)。品質を標準化することが難しい(異質性:heterogeneity)。生産と消費が同時発生する(不可分性:inseparatability)。保存ができない(消滅性:perishability)といった特性があるとする仮説的な見方。

Zeithaml, Parasuraman, and Berry (1985) は1975-83にかけて提出された33人の著者による46の論文・著作を分析して、これらのサービスの特性を抽出した。初めてこれら4つのサービスの特性を論じたのはSasser, Olson, and Wyckoff (1978)である。しかしながら、イェール大学のChristopher Lovelockは、IHIP仮説の起源は経済学にあるとして、反駁している。すなわち消滅性はAdam Smith (1776)によって指摘された。無形性と不可分性はJean-Baptiste Say (1803)によって論じられ異質性はJoan Robinson (1932)によって考究されている。(注:一部の教科書にはIHIP特性があたかも公理のような書き方をしていますが、それは正しくないですね)

■ISPARモデル(interact-Service-Propose-Agree-Realize Model)
ISPARモデル(Spohrer,Vargo,Maglio,Caswell 2008)によると、サービスの成果は10に分類される。(1)価値が実現される。(2)価値提案が理解されない。(3)価値提案が合意されない。(4)価値は実現されないが紛争はおこならい。(5)価値創造に関する紛争が関係者すべて納得する形で解決される。(6)価値創造に関する紛争が関係者すべてが納得しない形で解決される。(7)やりとりがもはやサービスではなく歓迎されない。(8)歓迎されない非サービスが犯罪ではない。(9)歓迎されない非サービスが犯罪であり解決される。(10)歓迎されない非サービスが犯罪であり解決されない。

■バリュー・プロポジション(価値提案:value proposition)
バリュー・プロポジションとは、効果と問題解決が一体化されたもの。サービスのユーザにとっての価値です。製品やサービスのメリット、自社の存在価値や独自性を顧客に伝え、その価値を高めること。サービス共創という文脈ではサービス提供者とユーザ、そして製品とサービスを共時的に包含するものである。バリュー・プロポジションを検討する際には、顧客の立場、目線に立って自らが提供する製品、サービスをデザインすることが必要。

■サービス・システム
人々、技術、組織、共有情報などの諸資源のダイナミックな構成。それによってリスク負担と価値創造をバランスさせ、サービスを創造し提供する。サービス・システムは複雑かつ適合的なシステムである。内部に小さなサービス・システムを内包すると同時に、より大きなシステムに含摂される「システムのシステム」という性格をあわせ持つ。

■サービス・デザイン
新しいサービス・システムやサービス活動を創造するためにデザイン手法やツールを応用すること。

■サービス工学
新しいサービスを開発しサービス・システムを向上させるために技術、方法、用具を応用すること。

■サービス・イノベーション
技術イノベーション、ビジネスモデルイノベーション、社会組織イノベーション、需要イノベーションを結合、融合させること。それによって、現存するサービス・システムに改善を加えたり(漸次的イノベーション)、新しい価値命題を創造したり、新規性の強いサービス・システムを創造すること(ラディカル・イノベーション)を志向する。

■サービス・マネジメント
サービス・システムやサービス活動に対して、マネジメント手法、ツールを応用し拡張すること。

以下はJim Sporer氏によるサービス・サイエンスに関わる命題設定です。(一部アツいです)

■サービスは交換の基礎を成す(service is fundamental basis of exchange)
交換とはやりとりである。人々には特定のスキルに特化してゆこうとする傾向がある。専門性を深めるほどすべてを一人でこなすことはできなくなり、交換が必要になってくる。社会は専門化すればするほど交換するようになり、相互依存性が増す。

■経済はどのようなものであれ、サービス経済である(All ecnomies are service economies)
狩猟採集経済、農業経済、工業経済、サービス経済であれ、すべての経済は人間が知識を生み出してそれらを様々な便益を生み出すために利用する、つまり「サービス」に拠って立つ。農業経済から工業経済へと転換しつつあった時代に経済学が登場してきたので、必然的にGood-dominat Logicが優位に立ってきた。サービス対サービスのような交換様式は間接的な交換、モノ、職務、貨幣の陰に隠れていたのである。論者によっては現代を、知識経済とか情報経済と呼ぶが、すべての経済には、サービス的な側面、知識的な側面、そして情報的な側面があるのである。

■顧客は常に価値を共創する(The customer is always a co-creator of value)
顧客はサービスシステムの重要な構成要素である。交換されるモノゴトが専門性を帯びるにしたがい、サービスシステムは他のサービスシステムに依存するようになる。したがって、どのサービスシステムもサービスシステムの顧客であり提供者である。顧客と提供者は価値を共創する。卓越したサービスは提供者の行動と顧客の行動の双方を重視し、サービスのありかたに新機軸をもたらしている。

■企業は顧客に価値を提供することはできない。企業が提供できるものは「バリュー・プロポジション」だけである。(The enterprise cannot deliver value, but only offer value propositions)

価値を共創するふるまい、やりとりのの核心に存在するのがバリュー・プロポジションである。顧客と提供者は共に存在することによってのみ価値を共創するのである。学校は学生や生徒に価値を提供はしない。バリュー・プロポジションを提供するのである。

■価値は常に受益者によってユニークに現象学的に決定される(value is always uniquely and phenomenologically determined by the beneficiary)

価値は意志決定以上のものである。価値の決定は、特定の文脈の中であり、過去起こったことに依存し、そして特殊なことがらである。提供者はなにがしかを顧客から学ぶものである。たとえば他者の価値判断をエラーなく正確に予測できるサービスシステムがあるとしよう。つぎに他者の価値判断をコントロールできるサービスシステムがあるとしよう。予測とコントロールをすることによって卓越したバリュー・プロポジションを仕立て上げることに近づくのである(Ariely 2008)。

■知識と社会(Knowledge and Society)
知識を蓄積するために社会は存在する。蓄積された知識は個人の自由を拡張し便益を増すことになる。

■自由と価値(Freedom and Value)
個人の自由は、価値を創造するためのやりとりを増やすことによって社会の発展に寄与する。逆に、個人から自由を奪うことは価値を創造するためのやりとりの潜在的な機会を消滅させることによって社会の発展を阻害する。

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このようにサービス・サイエンスには、価値中立的なサイエンスの側面もあれば、価値判断に立脚するWorld View的な側面もあります。医療サービスにもこれらの二面があるので、サービス・サイエンス的アプローチは、実は医療サービスを考究するさいには示唆に富みますね。